緊急事態宣言により東京タワーも4月8日から臨時休館となりました。
しかし、ライトアップは健在です!
その美しさは、不安な人々の心に優しく染み込んでいきますね。
そんな美しい東京タワーの鉄骨に戦車が使われているとは知りませんでしたよ。
そこで知っているようで知らない、東京タワーについて調べてみました。
東京タワーの鉄骨は朝鮮戦争時代の戦車で出来ている
東京タワー建設時の1950年代の日本は高度経済成長期で、鉄は豊富にある状況ではありませんでした。
その頃、朝鮮戦争の影響で大量の軍需物資が日本に流れてきました。
朝鮮戦争に参戦していたアメリカ軍が、スクラップ寸前の戦車を本国に持ち帰るよりも、新型戦車を生産したほうが利便性が良いということでM4、M47戦車などを大量に払い下げしたのです。
そこで日本のスクラップ業者が約90輌ほどの戦車を落札して買取り、その戦車を解体して製鉄会社に渡ったのです。
戦車の装甲は敵の砲撃を受け止められるほど頑丈に作られているので、とても良質な鉄でできているのです。
製鉄会社は、それらを溶鉄し東京タワーの建設用形鋼を作ったのです。
主に大展望台より上の部分に使用したそうです。東京タワーのおよそ1/3の高さ分が戦車から作られているということになりますね。
平和なイメージの東京タワーですが、戦争の歴史が染み込んだ鉄も使用していたとは衝撃です。
歴史のたまり場 東京タワー編
東京タワーは戦車の残骸の生まれ変わり1958年12月23日に完成した東京タワーは
東京スカイツリーが出来るまでの約51年もの間
自立式鉄塔として日本一の高さを誇る
今もなお、東京都のシンボルといえばスカイツリーよりも東京タワーのイメージが強い人が多いのでは? pic.twitter.com/nO8kBmoxgn— TATSUYA (@SubTatsuya) November 28, 2019
建設費は約28億円、現在の価値に換算すると、なんと!約300億円です。
クラクラしてしまう数字ですね…。
東京タワーはいつできた?きっかけは?
1958年12月23日東京都港区芝公園に完成した東京タワー。正式名称は「日本電波塔」といいます。
当時の郵政省電波管理局長の投稿が、東京タワー建設のきっかけとなりました。
「6つのテレビ局の放送塔を1本にまとめ、500メートルの鉄塔を北の丸公園のあたりに建てる。その鉄塔に展望台を設置して観光利用する。そして羽田の国際空港からモノレールを敷設する」
ものすごく大きなプロジェクトですね。驚いた人たちも多かったのではないでしょうか?
当時の6つのテレビ局とは…。
- NHK
- 日本テレビ
- ラジオ東京(現TBS)
- 日本教育テレビ(現テレビ朝日)
- NHK教育
- 富士テレビ(現フジテレビ)
電波塔を一カ所に集約したかったのには理由がありました。
当時は各局が各地に電波塔を設置し、その送信範囲は約70kmほどでした。
電波塔の乱立は景観的な問題や、航空安全の面からも危険が予想され懸念されていたのです。
それに加え、電波塔の位置がバラバラだとチャンネルを変えるたびに、視聴者はアンテナの位置を調整する必要がありました。
昔はテレビを見るのにも手間がかかったのですね~。
ひとつの電波塔にするとなると、半径100kmほどの範囲に電波を飛ばさないといけませんでした。
この範囲に飛ばすには約380mほどの高さが必要なのですが、資金の関係もあり無理だということに。
そこで、パリのエッフェル塔は約320m。
どうせなら、その高さを超えようとキリの良い数字の333mの電波塔にすることになったのです。
東京タワーの鉄骨はリベット接合その職人技がすごい!
部材の穴に800度に熱したリベットという鉄のピンを差し込み、ハンマーで一気に打ちつけ接合。
この加熱したリベット、下の方にいる職人さんが鉄製の箸で挟み、上の作業場にいる職人さんに放り投げます。
それを上の職人さんが専用の筒で見事にキャッチ!
映像が残っているのですが、その様子は本当に鮮やかなプレーで見とれてしまいました♪
建設期間は1957年6月29日~1958年12月23日の1年半。
えっ、1年半?!すごいスピーディーですね!
なんでも開業日が決まっていたとのことで、急ピッチで建設されたそうです。
建設に関わった人の延べ人数は、なんと21万9335名!
工事は常時400人もの関係者により、朝6時~夜6時までフル活動で行われました。
クレーンなども使用しましたが、建設方法は鳶職人の手作りでシンプルなもの。
工事は、わずか30cmほどの足場を伝いながらの作業だったようです。
強風に煽られ転落死した方もいました…。
そう、東京タワーは職人さんが命懸けで発揮した技術のかたまりなのです!
建設中の映像の中で、たか~い危険なところで作業している職人さんの姿はとてもカッコ良かったです。
そして、誇らしげにも見えました。工事関係者の大変さを思うと、頭が下がりますね。
東京タワーの色は「インターナショナルオレンジ」と「白」
「インターナショナルオレンジ」と「白」のツートンカラー、じつは自由に変えられないのです。
航空法で定められていて、法的にこの色でなければいけないそう。
単純に東京タワーは「赤」と「白」と思っていました、、、お恥ずかしい!
「東京タワー」もしかしたら「昭和塔」になってた?
歴史のたまり場
東京タワーの名称は「昭和塔」になるはずだった東京タワーの名称は、一般公募により選出されたのですが、その裏には「なんで?」というエピソードが残る。
ネーミングセンス… pic.twitter.com/QKRA6ngfPV
— TATSUYA (@SubTatsuya) December 2, 2019
東京タワーという名称は公募によって決まりました。
公募総数は86269通。
公募数223通だった東京タワーは順位としては13位だったそう。
一番多かった名称は「昭和塔」
ほかに、「日本塔」「平和塔」「宇宙塔」「プリンス塔」などがありました。
審査会に出席していた徳川夢声という人物が「一番しっくりくるのは東京タワーだ」という言葉で「東京タワー」に決定しました。
鶴の一声って、こういう事を言うのでしょうか?
みんなを癒す東京タワー
日本のシンボルのひとつ東京タワーに皆さんも癒されているようですよ。
東京タワーのライトアップの歴史を知ってる人は少ない。
東京タワーができたのは、昭和33年、ライトアップは平成元年。
実は、時間差があった。 「昼よりも夜の方が綺麗と言われたい」という気持ちから、ライトアップが決まった。今も、東京タワーが、東京にいる人の心を温めてる。#東京タワー pic.twitter.com/yGiqWI1CnI
— 山本マサヤ@著書『トップ2%の天才が使う「人を操る」最強の心理術』 (@3m_masaya) June 2, 2019
家で楽しむ、ネイキッドの桜アート。
今日は、東京タワーの「TOKYO TOWER CITY LIGHT FANTASIA~Spring Concerto~」です。
いつもは聞かない音楽を聴いてみると新たな発見があるかもしれません。#stayhome pic.twitter.com/W9wcuJYUC7— NAKED, INC. (ネイキッド) (@NAKED_STAFF) April 10, 2020
今までも愛されている!東京タワー
スカイツリーの登場でその立場を危ぶまれた東京タワーでしたが、いまだに人々に愛されています。
スカイツリー建設後も電波塔の役割を果たしています。
FM放送の電波発信やJR東日本の防護無線用のアンテナなどの仕事もこなしています。
また、スカイツリーが使えなくなった場合の、電波塔として補助的な役割もあります。
東京タワーは、まだまだ現役!
あの美しいシルエットには気品と風格がそなわっていますよね。
また、夜のライトアップも本当に美しい♪
これからも変わらず人々を見守ってくれることでしょう。